妊娠中の発酵性食物繊維摂取と子どもの神経発達の関係性

妊娠中の発酵性食物繊維摂取と子どもの神経発達の関係性

妊娠期における栄養不足が、生まれてくる子どもたちの神経発達に影響する可能性があります。

最新の研究で注目を集めているのが「発酵性食物繊維」です。

妊娠期の発酵性食物繊維摂取がどのように子どもの神経発達に影響を与えるかについて紹介します。

  1. DOHaD概念と将来の健康リスク
  2. 妊婦の食物繊維摂取量と生まれてくる子どもの発達遅れに関する研究について
  3. 妊婦の食物繊維摂取量と生まれてくる子どもの発達状況について
  4. なぜ妊娠中の母親の食物繊維摂取量が生まれてくる子どもの発達に影響するのか?
  5. 日本の課題:食物繊維の摂取量が少ない!
  6. まとめ

DOHaD概念と将来の健康リスク

DOHaD(ドーハッド)*1は、胎児期や乳幼児期の栄養状態が将来の病気リスク(肥満、糖尿病、心疾患、発達障害など)に繋がるとする概念で、近年注目されています1)。

国際的にも、国連児童基金 (UNICEF)や世界保健機関 (WHO) が“人生の最初の1000日(受胎から満2歳まで)“の適切な栄養が将来の健康に与える影響に注目しています2)。

妊婦の食物繊維摂取量と生まれてくる子どもの発達遅れに関する研究について

今回は、国立大学法人山梨大学のエコチル調査甲信ユニットセンター(センター長:山縣然太朗 社会医学講座教授)の研究チーム(本研究担当者:三宅邦夫 疫学・環境医学講座准教授)が発表した、“妊娠中の母親の食物繊維摂取量と3歳児の神経発達の関連”についての研究成果3)をご紹介します。

妊娠中の母親の食物繊維摂取量と3歳児の神経発達の関連

妊婦の食物繊維摂取量と生まれてくる子どもの発達状況について

現在も日本で行われている大規模な追跡調査であるエコチル調査*2のデータを利用し、約76,000組の母子を解析しました。

妊娠中の栄養摂取状況に関する調査から、母親の1日あたりの食物繊維の摂取量を計算し、摂取量の多い順に5つのグループを分けました。(Q1~Q4)
3歳時の発達調査*3は、5つの項目「コミュニケーション」「粗大運動」「微細運動」「問題解決」「個人・社会」で発達の遅れの有無を調べました。

解析の結果、妊娠中に食物繊維摂取量が“最も低いグループの母親(Q1)”から生まれた子どもは、“最も高いグループの母親(Q4)”から生まれた子どもと比べて、3歳時点で4つの発達領域(コミュニケーション能力、微細運動能力、問題解決能力、個人・社会能力)で発達の遅れのリスクが高くなりました(図1)。

さらに、食物繊維摂取量が低くなるほど、3歳時の発達の遅れの傾向が強くなることがわかりました。

<引用文献>
Miyake K, et al. Maternal dietary fiber intake during pregnancy and child development: the Japan Environment and Children's Study. Front Nutr. (2023) 10:1203669. doi: 10.3389/fnut.2023.1203669.
山梨大学「妊娠中の母親の食物繊維摂取と3歳時の発達との関連について」 プレスリリース 2023‐07
https://www.yamanashi.ac.jp/wp-content/uploads/2023/07/20230727pr-2.pdf

なぜ妊娠中の母親の食物繊維摂取量が生まれてくる子どもの発達に影響するのか?

発酵性食物繊維*4という言葉を知っていますか?

発酵性食物繊維*4は食物繊維の中でも私たち人の大腸の中に暮らしているからだによい働きをする有用菌(通称、善玉菌)のエサとなる性質がある食物繊維のことで、善玉菌は発酵性食物繊維を食べることで短鎖脂肪酸*5という成分を作り出します。

ラットにおける研究では短鎖脂肪酸は体内に吸収されたのちに脳まで到達することが知られています。4)

妊娠中の母親の発酵性食物繊維摂取量の不足は、善玉菌による短鎖脂肪酸産生を少なくすることに繋がり、胎児の脳に到達する短鎖脂肪酸量が不足することで胎児の神経発達・脳機能に影響を与えた可能性が考えられるのです。3)

日本の課題:食物繊維の摂取量が少ない!

日本人の食事摂取基準 (2020年版)5)によると、妊婦を含む成人女性で1日あたりの食物繊維の摂取目標量は18g以上と設定されています。

しかし、本研究の対象者では、妊娠中の食物繊維摂取量は1日あたり平均約11gで、 1日あたり 18 g 以上摂取している母親はわずか 6,391 人 (8.4%)でした(図2)。

<引用文献>
※グラフは以下の論文をもとに作成
Miyake K, et al. Maternal dietary fiber intake during pregnancy and child development: the Japan Environment and Children's Study. Front Nutr. (2023) 10:1203669. doi: 10.3389/fnut.2023.1203669.

今回は食事由来の食物繊維摂取量を調査しているため、サプリメントによる食物繊維の摂取量は考慮できていませんが、それでも多くの妊婦は食物繊維の摂取量は足りていないと考えられます。

また、食物繊維摂取量が少ない妊婦は、食物繊維以外の栄養素(葉酸、鉄、ビタミンCなど)の摂取量も少ない傾向があり、その影響が表れている可能性も考えられます。

まとめ

食物繊維、特に善玉菌のエサになる発酵性食物繊維は妊婦の栄養素だけでなく、生まれてくる子どものための大切な栄養素にもなります。

妊娠中の発酵性食物繊維の摂取量が少ない妊婦から生まれてくる子どもは、発酵性食物繊維摂取量が多い妊婦から生まれた子どもと比べて発達速度が遅れるという研究報告もあるからです。

発酵性食物繊維を含むバランスのとれた食事は、子どもの将来の健康を支える重要な鍵。
自分の健康のためだけの栄養素でなく生まれてくる子どもの健康を支えるためにも、妊娠中から発酵性食物繊維を始めとする様々な栄養素を摂取していきたいですね。

用語解説

*1 DOHaD(ドーハッド):
Developmental Origins of Health and Diseaseの頭文字をとったもの。さらに詳しい内容は昭和大学DOHaD班のホームページを参照ください。
https://www10.showa-u.ac.jp/~dohad/explanation.html

*2 エコチル調査:
2010年度に環境省が開始した正式名称「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」です。日本全国で約10万組の親子が参加する世界でも有数の大規模な追跡調査です。詳しい内容や研究成果はエコチル調査ホームページを参照ください。
https://www.env.go.jp/chemi/ceh/index.html

*3 発達調査:
保護者の方が質問に回答することで子どもの発達度合いをはかれる質問票(ASQ-3)を使用しています。子どもの発達の度合いは、「コミュニケーション(話す、聞くなど)」「粗大運動(立つ、歩くなど)」「微細運動(指先で物をつかむなど)」「問題解決(手順を考えて行動するなど)」「個人・社会(他人とのやり取りに関する行動など)」の 5つの領域で評価します。

*4 発酵性食物繊維:
腸内細菌により分解(発酵)される食物繊維を指します。腸内で発酵しない食物繊維は非発酵性食物繊維に分類されます。発酵性食物繊維が多くふくまれる食品は、海藻類(昆布、わかめなど)、穀物(大麦、オーツ麦など)、野菜(ブロッコリー、おくらなど)、果物(キウイフルーツなど)などがあげられます。

監修者三宅 邦夫(医科学博士)

山梨大学大学院総合研究部医学域疫学・環境医学講座・准教授
山梨大学大学院医学工学総合教育部修了(医科学博士)。山梨大学医学部環境遺伝医学講座の助教、社会医学講座の講師・准教授を経て現職。
エピジェネティクス、分子疫学を専門に、様々な病気における遺伝子と環境の影響を解明する研究に取り組んでいます。

執筆ミツカン編集部

執筆に利用した学術論文、総説・解説、書籍等の一覧

1) Hoffman DJ, Powell TL, Barrett ES, Hardy DB. Developmental origins of metabolic diseases. Physiol Rev. (2021) 101(3):739-795. doi: 10.1152/physrev.00002.2020.
2) Mameli C, Mazzantini S, Zuccotti GV. Nutrition in the first 1000 days: The origin of childhood obesity. Int J Environ Res Public Health (2015) 13:838. doi: 10.3390/ijerph13090838.
3) Miyake K, Horiuchi S, Shinohara R, Kushima M, Otawa S, Yui H, Akiyama Y, Ooka T, Kojima R, Yokomichi H, Mochizuki K, Yamagata Z; Japan Environment Children's Study Group. Maternal dietary fiber intake during pregnancy and child development: the Japan Environment and Children's Study. Front Nutr. (2023) 10:1203669. doi: 10.3389/fnut.2023.1203669.
4) Dalile B, Van Oudenhove L, Vervliet B, Verbeke K. The role of short-chain fatty acids in microbiota-gut-brain communication. Nat Rev Gastroenterol Hepatol (2019) 16:461-78. doi: 10.1038/s41575-019-0157-3.
5)日本人の食事摂取基準(2020年版). 厚生労働省「日本人の食事摂取基準」策定検討会. 第一出版, 2020

善玉菌とは? 発酵性食物繊維と子どもの食物アレルギーとの関係性